メタバースについて【月刊監査役2023年5月号掲載】

月刊監査役』2023年5月号より転載

メタバースの法的論点について、クイックにインプットできる記事を書きました。多くの方にご覧いただくため、発行元である日本監査役協会にお断りのうえ転載します。一部加工・リンク追加などしたほかは、元記事のまま掲載しています。他への転載・転用はご遠慮ください。

メタバースについて

森・濱田松本法律事務所 弁護士 増田雅史

1.メタバースとは

メタバース(Metaverse)とは、Meta(超越した)と-verse(世界)から成る造語である。その概念は従来から存在したが、2021年10月にFacebook社が社名を「Meta」に変更し、メタバースの開発強化を発表したことで、全世界的に注目度が高まった。その明確な定義は定まっていないが、本稿では、「多人数の利用者がアバターと呼ばれる自らの分身を操作して自由に行動でき、他の利用者と交流できる、インターネット上に構築される仮想の三次元空間」を念頭に置く1)

1)メタバースにアクセスするためには必ずしもVR(仮想現実)デバイス(ヘッドマウントディスプレイ等)を必要としない。PCやスマートフォン、ゲーム機等によってもアクセスできる。また、現実空間に情報を重ねて表示することを特徴とするAR(拡張現実)もメタバースの一形態であるが、本稿ではVRに焦点を当てる。

VRデバイスを装着し、メタバースにアクセスすれば、実際にその空間内にいるかのような没入感を得るとともに、感覚的にアバターを操作し空間内を動き回るなどの体験が可能となる。メタバースは、用途を限定せず自由な空間として提供されることが多く、他のアバターとの交流、ゲームプレー、イベントへの参加、創作活動、ウェブ会議、デジタルアイテムを含む財の取引など、多種多様な利用可能性を秘める。

本稿では、メタバースにまつわる法的論点をいくつか紹介する。

2.アバターとデジタルアイテム

メタバースでは、人型のアバターを空間内の自身のエージェントとして操作するのが一般的である。空間内の物理法則は実世界と近く、空間内で利用可能な施設・設備やアバターの衣装などのデジタルアイテムは実世界とかけ離れたものとなりにくい。むしろ、実在する様々なものが空間内に持ち込まれるだろう。

他人の顔をアバターに利用した場合、肖像権を侵害し得る。その相手が著名人である場合には、パブリシティ権(氏名や肖像が有する顧客吸引力を独占する権利)を侵害し得ることとなる。また、既存のキャラクター等の姿を利用しようとすると、著作権や商標権の問題となるかもしれない。そうした顔やキャラクターを利用するアバターを用いてサービス内で他人に成りすましたり迷惑を掛けたりする場合には、名誉毀損・信用毀損といった問題にも発展し得る。

アバター向けの服飾品など、デジタルアイテムについても整理を要する。それ自体は空間内に描画されるデータにすぎず、現実世界において具体的な形状を有するものではないので、民法上の所有権は発生しない。著作権や商標権は関係し得るものの、これらは個々のデジタルアイテムの保有者に当然に独占的な利用権を与えるような権利ではない。疑似的な「所有」関係を生じさせるためには、デジタルアイテムを個数を限定して流通させ、その利活用をコントロールする仕組みが必要となる。現在、これにNFTを活用する可能性が議論されている2)

2)NFTについては、こちらの拙稿も参照されたい。

3.プライバシー

メタバースの利用に伴う個人情報の取扱いやプライバシーの課題は、SNSが提起する課題と類似している。しかし、メタバースの利用者は、仮想空間(という一つの社会)と深く関わり、彼らの活動からはるかに多くの個人情報が生成される可能性があるという点を考慮する必要がある。

すなわち、メタバースでは、現実世界と異なり、全ての行動が事業者の用意する空間内で行われる性質上、当該事業者は、利用者の行動に関する全ての情報を取得し得る立場にある。これは現実世界において常に防犯カメラで監視され続けている状況に類似するが、取得されるデータはより大量かつ詳細である。例えば、専用のデバイスを用いることで、利用者の視線を可視化することができるアイトラッキングや、唇、顎、歯、舌、頬先といった顔の変化、表情を認識するフェイシャルトラッキング、全身の動きを表現できるフルトラッキング等を利用し、人の視線、表情、体の動作などの動きをリアルタイムに収集することができる。利用者は、自己のプロフィール、行動、趣味に合わせパーソナライズされた経験を求めるかもしれない。この場合、利用者は容易にプロファイリングされるようになる。

これらの情報は、アバターやその操作を通じて取得されるものではあるものの、それを操作しているのは個人であるから、全て個人に関する情報と言える。個人情報保護法上の個人情報に当たるかはケースバイケースであるが、本名を登録してサービスを利用する可能性もあること、通常想定される利用者は一般消費者であり保護の必要性が高いこと、取得される情報の性質からプライバシーへの配慮も必要となることから、実務上は少なくとも、個人情報を取り扱う場合と同程度の対応が望ましいだろう。

4.「ファントムセンス」

VRゴーグルを装着するなどして、仮想空間からフィードバックされる視覚・聴覚情報が現実世界で感じるものに近づけば近づくほど、他人のアバターは実際にそこにいるように感じるし、大きく接近されると、現実世界での経験に基づき脳が誤解するのか、本当に触られているように感じるケースもあるようだ。こうした、本来感じることのない感覚を疑似的に得る現象を「ファントムセンス」と呼ぶ。

サービス内での対人接触行為が他人に不快な思いをさせ、違法なセクハラであるとして、不法行為が成立することも考えられる。この論点に関し、Meta社は2022年2月、同社のメタバース空間内で他のアバターとの間に現実世界尺度で1.2メートル相当の距離を作り近づけないようにする「Personal Boundary」機能を実装し話題となった。

5.越境利用

メタバースは国境を越えて利用され得る。サービス内で越境取引が行われる場合、そのルールをどう規律するかが課題となる。

サービスの利用規約において、準拠法を設定することは可能である。しかし、いかに準拠法を設定しても、取引被害や権利侵害を訴える利用者やサービス事業者が自国で裁判を起こした場合に、その判断の際に参照される法律がどの国の法律になるかは、結局は裁判地における準拠法決定の仕組みに依存する。我が国の場合も、「法の適用に関する通則法」が消費者契約の特例を定めており、利用規約に記された準拠法が常にそのまま適用されるわけではない。

越境利用が盛んになるほど法の適用関係が不明確となるため、どの国の法律に従うかという点以上に重要なのが、実効性のある解決手段を持っているのは誰かという視点だ。例えば、他人の顔が付いたアバターを勝手に使って他の利用者に迷惑を掛ける者がいた場合に、ある国の裁判所が名誉毀損を認定しても、そのアバターや利用者アカウントを裁判所が消せるわけではない。これに対し、メタバース事業者は、個々の利用を停止したり特定の形での利用を強制したりと、実効性の高いアクションが取れる立場にある。これは、各国の法律に事実上優越して行使され得る非常に強力な事実上の権限を生む一方で、どこまでの機能をこうした事業者に委ねるべきか、各国がこのような機能に何らかの枷を嵌めることが可能かどうかなど、政策的な課題は尽きない。